日本硫黄沼尻鉄道の概要

Aug 17, 2006.


日本硫黄沼尻鉄道は福島県の磐梯山に程近い沼尻鉱山で算出する硫黄を磐越西線経由で輸送する、と言う目的で開業した鉄道です。当初は耶麻軌道(やま・きどう)と言う名前ですが、この場所が福島県耶麻郡であることに由来するそうです。耶麻軌道の業績は思わしくなく開業してまもなく日本硫黄の耶麻軌道部となりますが、この鉄道は元々が日本硫黄系列の鉄道会社であったので、単純に吸収しただけに過ぎないようです。

当初の運行区間は川桁(かわげた)=大原間ですが、大原は後に沼尻(ぬまじり)と改称します。大雑把に言えば集落名を駅名にしているわけで、大原と言う集落に大原駅が在るわけです。処が川桁の方から旧沼尻鉄道線に平行している国道115号線を走っていると、大原の集落に入った途端に沼尻駅前と言う集落にたどり着いてしまいます。大原と言う集落の中の、駅周辺だけを沼尻駅前と言う集落名に変えてしまったように思えます。

「大原の集落に入った途端に」とか言う話は、、、何処の集落に入ったのかは結構簡単に判ります。上述の国道115号線を猪苗代湖の方から走っていると道路沿いに集落名を書いた地名案内の看板?が立ててありますので誰でも一目瞭然です。



旧日本硫黄沼尻鉄道沼尻(ぬまじり:福島県耶麻郡猪苗代町)駅付近。2006年(平成18年)8月撮影。
旧日本硫黄沼尻鉄道沼尻(ぬまじり:福島県耶麻郡猪苗代町)駅付近。2006年(平成18年)8月撮影。



この鉄道で不思議なことは、従来からの大きな都邑である猪苗代の町を磐越西線との接続駅に選ばずに、決して大きな町とは言えない川桁を接続している点です。一説に拠ると、猪苗代湖へ注ぐ長瀬川を渡る橋を架けることが資金的に困難であったために、苦肉の策で川桁へ向かったと言うことですが、この説には少々疑問が残ります。河口寸前で川を渡るのならば長大な橋が必要になりますが、上流部で渡河する分には大した橋が必要になるわけではありません。結果として(猪苗代湖に向かって長瀬川の)左岸を走るようになるわけですが、敢えて?左岸を選んだにしては反対運動のために線路用地が確保できず、止む無く県道上に併用軌道を設けたりもしています。

後に石油に含まれる硫黄が原因となる硫黄酸化物が公害の元凶として取り沙汰されるようになると、この鉄道の硫黄輸送は致命的な打撃を受けることとなります。鉱山で苦労して掘り出してくる硫黄よりも、石油の脱硫工程で産出?される硫黄の方が安いからです。しかも、沼尻で算出する硫黄鉱石よりも脱硫工程で石油から取り出せる硫黄の量の方が圧倒的に多いのですから、なんとも困った話しと言えなくもありません。要するに石油精製工場で硫黄は産出?するようになってしまう訳で、その石油精製工場たるや京浜工業地帯とか、阪神工業地帯とか、大都市周辺の石油コンビナート自体が硫黄鉱山代わりになるような不思議な光景が発生します。結局は観光事業に活路を見出すことも失敗し、会社が倒産したために鉄道も廃止になると言うかなり悲惨な状況でこの鉄道は幕を閉じることとなります。



日本硫黄沼尻鉄道の車輛

Aug 17, 2006.

日本硫黄沼尻鉄道には、ガソ101、セタ36と言う楽しい面々もいたのですが、生憎写真がありませんので比較的平凡な車輛ばかりとなりますので悪しからず。なにぶんにも廃止されてからかなり時間が経った時点でのこのこ出掛けて行って保存機を撮影して、序でに廃線跡をちょっと自動車で走ってみただけなのでかなり横着な話です。それでも協三工業製のL型機は、足回りを見ると相当な珍品であることが見て取れます。



日本硫黄沼尻鉄道DC121

Aug 17, 2006.

日本硫黄沼尻鉄道DC121は協三工業製のL型機、ロッド駆動のC型機です。製造は1953年(昭和28年)、製造番号は12069です。純粋な新車扱いとなっていますが、実際にはトレードイン的と言いますか、廃車にした古い蒸気機関車の下回りを流用して新車並にして納入されたと言うことのようです。この辺りの事情は下回りを見れば一目瞭然で、何処をどう見ても車輪などは蒸気機関車そのものです。

元を遡ると岡山県でかつて営業していた三蟠(さんばん)鉄道の13号機関車で、1924年(大正13年)製のコッペル製Cタンク機です。この他に仙北鉄道がH.K.ポーターから買い付けたCタンク機も同時期に協三工業入りし、こちらはDC122となっています。



日本硫黄沼尻鉄道DC121。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
上の写真の車輛は日本硫黄沼尻鉄道DC121。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。



日本硫黄沼尻鉄道DC121。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
上述のような点を除けば、かなり真っ当な機関車です。現役時代も黒一色だったようですが、もっと派手な色も似合いそうです。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12とボサハ13

Aug 17, 2006.

日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12・ボサハ13は宮城県に在った栗原電鉄(=くりはら田園鉄道)が改軌した際に、余剰となった客車を引き取ったものです。この際にボサハ12、ボサハ13、ボサハ14までの三輛が沼尻入りするのですが、ボサハ14のみは開業と同時に入線した1919年(大正8年)雨宮製の車輛で、少々出自が異なります。ボサハ12型?になった二輛はもう少し新しく、1928年(昭和3年)に丸山車輛で製造された車輛です。

以下の写真は猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら)で撮影したものですが、「ボサハ12型」と言うことが作業担当者に誤って伝わったのか、二輛ともボサハ12と言う車番が記載されてしまっています。実際には機関車寄りに連結されている方がボサハ12で、もう一輛の方はボサハ13です。

「ボサハ」と言うのは随分と変わった記号ですが、「ボギーのサハ」と言うことのようです。沼尻鉄道には単なる「サハ」と言う記号を持つ車輛もいるのですが、こちらは二軸単車です。シボフ、ボハフなど、沼尻鉄道には奇妙な型式記号を持つ車輛が多かったようです。それでも奇妙は奇妙なりに筋は通っていまして、ボサハと同機能のサボハと言うような型式記号は使っていないし、重量記号的な文字は一切使っていません。だから、ホサハ、ナボフ、なんて記号は一切出て来ません。それにしても、「シボフ」の「シ」って、どう言う意味があるんでしょうか?。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
上の写真の車輛は日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。こちらは機関車寄りに連結されているボサハ12の方です。踏み段が設置されているので判然としなくなっていますが、車内は全面まっ平ら、車外に一段のみステップが取り付けられています。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12の車内。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
上の写真の車輛は日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。

ボサハ12の車内です。ニス塗りが良い雰囲気で、手入れも行き届いており清潔な感じです。モケット張りなのは座面だけで、背ずりは材木のままです。座面の状態を考えると、国鉄のオハ61系よりもちょっとだけ上等、と言う処でしょうか?。正面の妻板の、中央の窓と右側の窓の間にハンドブレーキが立ち上がっています。沼尻鉄道の客車は、全車ハンドブレーキを装備していたそうです。従って本来ならばボハ「フ」とか、シボ「フ」と言った型式記号は余り意味が無いと言うことになります。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ13。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
上の写真の車輛は日本硫黄沼尻鉄道ボサハ13。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。こちらは機関車とは反対側に連結されているボサハ13の方です。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ13の台車。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
ボサハ13の履いているアーチバー台車です。台車自体はボサハ12も同様のものを履いています。下枠が一直線で、上枠が山形になっている、バックマンが売っていそうな些か珍しい形状のものです。この台車は軸距離が1016mm(≒40インチ)、車輪直径が521mm(≒20.5インチ)です。1/45の縮尺でOn30ゲージで模型化するならば、日光モデルの16番ゲージ用TR20台車の軸距離は実物換算で990mm(≒39インチ)、車輪径もφ10.5なのでOn30ゲージ用として換算すればφ473ですから、丁度良いくらいの寸法です。



日本硫黄沼尻鉄道ボサハ12とボサハ13。2006年(平成18年)8月、猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)にて撮影。
右がボサハ12、左がボサハ13です。端梁の材木の切断面が直接見えて、一直線になっている方がボサハ13、補強鉄板に覆われて端梁まで妻面と同様に緩い円弧を描いている方がボサハ12です。



猪苗代緑の村

Aug 17, 2006.

「猪苗代緑の村」は自然博物館の集合体と言いますか、そのような施設です。所在地は福島県耶麻郡猪苗代町です。ご覧のように駅舎らしき建物の影に、沼尻鉄道の機関車一輛+客車二輛が保存されている場所です。車輛の保存位置の関係で、撮影するにはちょっと引きが取りにくいのが難点と言えなくもないですが、保存状態は良好です。



猪苗代緑の村(いなわしろみどりのむら:福島県耶麻郡猪苗代町)。2006年(平成18年)8月撮影。
この建物自体は以前に磐越西線の翁島(おきなしま:福島県耶麻郡猪苗代町)駅の駅舎だったものを移設して、蕎麦店として使用しているものです。この一帯は蕎麦の産地で、街道筋にも蕎麦屋さんがかなり並んでいます。ま、昼食は蕎麦以外は考えられませんなぁ。

とかなんとか書いておくと私が食通であるかのように見えないことも無いかもしれませんが、蕎麦の一件は緑の村にたどり着くまですっかり失念しておりました。途中の磐越自動車道のサービスエリアで美味くもなんともない(はっきり言えば不味い)トントロ焼き肉丼と言うような代物を食べてしまい、此処までたどり着いてすっかり後悔してしまいました。もう一度行く機会があれば、昼飯は(緑の村も含む)猪苗代の町内で食べることにしようと思っております。

この「緑の村」、所在地は猪苗代駅から磐梯山の方へ向かった3kmだか4kmだか入り込んだ辺りで、公共交通は皆無です。道のりの半分程度の場所までは会津バスと言うバス会社の路線バスが走っていなくも無いようなのですが、途中までバスに乗ったにしても最低2km近くは歩かなければならないようだし、下手すれば一時間も二時間もバスを待たなければならない羽目に陥りそうなので、諦めて自分で自動車を運転して出掛けました。体力を温存すると言う観点からすると、往復ともに列車利用で、列車の予約をする序でにJRのレンタカーを予約してしまうのが一番無難な方法ではないかと思います(猪苗代駅にはJRのレンタカーの営業所が在ります)。



沼尻鉄道の駅名一覧

Aug 1, 2026.
駅名 読み 区間距離 通算距離 備考
川桁 かわげた 国鉄磐越西線接続
白津 しろづ 1.1km 1.1km
内野 うつの 1.3km 2.4km
会津下館 あいづしもだて 1.2km 3.6km
荻窪 おぎくぼ 1.2km 4.8km
白木城 しらきじょう 2.2km 7.0km
会津樋ノ口 あいづひのくち 0.7km 7.7km
名家 みょうけ 0.7km 8.4km
酢川野 すかわの 0.7km 9.1km
木地小屋 きじごや 2.6km 11.7km
沼尻 ぬまじり 3.9km 15.6km


川桁駅

Aug 17, 2006.

沼尻鉄道の川桁(かわげた:福島県耶麻郡猪苗代町)駅はJR磐越西線との接続駅で、駅前には立派な記念碑が建立されています。駅の横、やや郡山方にJRの保線車輛を止めてある側線があり、その一帯が空き地となっていて、沼尻鉄道の車庫であった場所がそのまま空き地となっているようです。



日本硫黄沼尻鉄道川桁(かわげた:福島県耶麻郡猪苗代町)駅付近。2006年(平成18年)8月撮影。
この写真と反対側の面(JRの駅に向かい合っている方の面)には、コッペル製の蒸気機関車の絵と、高原列車が云々と言う歌謡曲の歌詞が刻まれています。此処に限りませんが、沼尻鉄道の沿線には以前の駅の所在地を示す案内看板が設置されていて、中々良い雰囲気を感じられます。



会津下館駅

Aug 17, 2006.

会津下館(あいづしもだて)駅は川桁駅を出て3.6km程の位置に在る駅で、住所は「福島県耶麻郡猪苗代町大字三郷小字下館」です。この辺りは県道の端っこを併用軌道で走っていた場所で、沼尻に向かう方の車線の外側に軌道敷が在ったようです。会津下館駅は当初は「下館」と名乗っていたものの、別会社ではあるにせよ鉄道省の水戸線・真岡線の下館駅との混同を避けるために、「会津下館(あいづしもだて)」と名前を変えたようです。現在の交通機関を利用するならば、福島交通の路線バスの「長瀬支所前」と言うバス停が最寄りバス停のようです。なお、従来は知っていた会津バスは、福島交通と合併しているみたいです。



日本硫黄沼尻鉄道会津下館(あいづしもだて:福島県耶麻郡猪苗代町)駅周辺。2006年(平成18年)8月撮影。
会津下館駅周辺の写真です。上の写真のピンク色の自動車は私が所有している単端式ガソリンカー(要するに単なる乗用車)です。詰まらぬ冗談として、元来ホームが在った辺りに沼尻行きの単行列車を気取って止めて撮影してみたものです。

「これです」と大書きしてあるのは、沼尻鉄道が営業していた頃のものがそのまま残っているトイレです。藍色の釉薬を使った染付け便器で、小便器・大便器共に健在と言う素晴らしい代物です。



日本硫黄沼尻鉄道会津下館(あいづしもだて:福島県耶麻郡猪苗代町)駅のトイレ。2006年(平成18年)8月撮影。
以前は、便器の形状が明確に判ってしまう写真を上梓しておくことは如何なものかと思って自粛?していたのですが、出し惜しみしても仕方が無いので大きめの写真を上梓しておきます。恐らく、日本国内の鉄道の駅のトイレとしては、小湊鉄道飯給駅の途方も無く広いトイレと同じくらいに有名なトイレです。全く使われていないようで、少なくとも撮影した時点では悪臭もなにも全く感じられないので不潔感とは無縁です。



沼尻駅

Aug 17, 2006.

沼尻鉄道の終点である沼尻(ぬまじり:福島県耶麻郡猪苗代町)駅は、建物の位置は若干変わっているものの、この鉄道が営業していた当時の建物がほぼそのままの形で地元の観光開発会社?の事務所として使用されています。駅の所在地は猪苗代駅から磐梯山の麓を縫うようにして福島市内へ抜けて行く、国道115号線沿いです。猪苗代の方から115号線を登って来て、「沼尻駅前」と言う国道沿いの集落名の立て看板を通り過ぎた直ぐ先です。



日本硫黄沼尻鉄道沼尻(ぬまじり:福島県耶麻郡猪苗代町)駅の駅舎。2006年(平成18年)8月撮影。
集落名の立て看板の在る辺りは国道がやや広くなっているので「此処が沼尻駅の跡なのか?」と一瞬色めきたってしまいますが、道幅が広くなるのは登坂車線が在るからで、沼尻駅自体とは無関係です。右の写真の駅舎の前がだだっ広い空き地のままになっていますが、実際にこの空き地の部分が駅の敷地であったようです。



沼尻鉄道時刻表

Sept 4, 1956.

川桁発の沼尻行き、全部が沼尻駅まで行きます。

  • 07:10
  • 09:00
  • 10:40(途中停車ナシ)
  • 10:55
  • 13:15
  • 14:50
  • 16:10
  • 17:45
  • 19:15


沼尻発の川桁行き、全部が川桁駅まで行きます。

  • 05:50
  • 07:10
  • 09:25
  • 11:50
  • 13:15
  • 14:50
  • 16:10
  • 17:45


沼尻始発の列車の方が圧倒的に始発が早いですが、これはどうやら沼尻始発川桁行きの列車がそのまま折り返して川桁始発の列車になるからのようです。不可解なのは川桁駅を10:40に出る沼尻行きで、何故かノンストップの特別快速?のような運行です。朝ラッシュ輸送に使った車輛を沼尻車輌基地?に回送する序でに、ノンストップで客扱いしたと言う事なんでしょうか?。



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風雅松本亭 Matsumoto's big model train world.